緑推し ――わたしの推し:MeseMoa.フォーゲルさん

特別お題:わたしの推し





2020年、 わたしの人生に「推し」 が初めて登場した。
個人的に、推し始めて何日、という計算をするときは、ファンクラブの推しメン登録欄でフォーゲルさんを選択した日から起算することにしている。
それが彼を「推し」として捉えたおそらく最初の機会だからだ。
わたしの中で彼が、 他のなんとなく好きなもの・こと・ひとから一線を画す存在になった日とも言える。

某最大手事務所界隈では、グループの中で特定のメンバーのファンのことを「(メンバーの名字)+担」のように言うことが浸透していると思う。
わたしの推しが所属するグループMeseMoa.においては、「(メンバーカラー)+推し」という言い方をすることが多い。翡翠推し、茶推し、薄桃推し…(変わったのを並べているのはわざとです)(例なんだから赤推しとか黄推しとか書きなはれ)
わたしの推し、フォーゲルさんは緑色担当なので、彼のファンは 「緑推し」。

わたしには、紛れもなく彼を好きで、彼を応援しようと思っていて、だけど「緑推し」が指す範囲に自分を入れていない時期があった。


2020年2月末、例のウイルスの影響で人が集まるイベントができなくなったと同時に、わたしは彼を応援することを決意した。

ちょうどその時期に予定されていた、フォーゲルさんが表題曲のセンターをつとめるシングルCD発売を記念した数々のイベントは、ことごとくできなくなった。
それをひっさげて全国をまわれるはずだったツアーも、同じく。
彼らは自分たちでおこした会社――あえて言い換えるなら小さな事務所――に所属している。イベントができなくなったことが大打撃なのは、外野の目にも明らかだった。

このまま彼らの活動の場が奪われてしまうのは、いやだ。彼らが望む限り、彼らが輝くステージをまもりたい。

そう思ってCDを買った。『烏合之衆』だ。
フォーゲルさんがセンターをつとめるそのシングルが、わたしが初めて買ったMeseMoa.のCDになった。


それからわたしは、彼らの配信ライブをみたり通販でグッズを買ったり、オンラインでお話できる機会に参加したりTwitterでリプライを送ったり、と、SNSや無料配信を遠巻きに見るだけにとどまらない範囲に踏み込んでフォーゲルさんを応援するようになった。
けれどわたしはなかなか自分のことを 「緑推し」と捉えずにいた。

特に「支えてくれた緑推し」等のフレーズをきく度に、ここでいう「緑推し」にわたしは入らないな、と自分を排除していた。
だってわたしは彼を長年支えてきたわけでもないし、センター曲を首を長くして待っていたわけでもないし、イベントができなくなった悔しさも味わっていない。
そういった文脈の「緑推し」に当てはまらないというだけでなく、 自分は「緑推し」 と名乗るに足る気がなかなかしなかった。
それまで彼を応援してきた 「緑推し」の方々と自分を十把一絡げにしてしまうのは先輩方に申し訳ないし、
生で彼のパフォーマンスをみたことがないから「フォーゲルさんってライブ中こうだよね」と自信をもって語ることもない。

何ヶ月も、「緑推し」 と言われる範囲に自分がいるとは思わずにいた。



2020年8月、彼のお誕生日を迎える放送を経て、わたしはもっと彼の発信したもの・表現してくれたものをちゃんと受け取ろう、と思うようになった。
詳しくは以前の記事に記したから割愛するけれど、これを機にわたしは、自分も 「緑推し」 の範囲に入っているんじゃないかと思えるようになっていった。
彼が緑推しに届けようと全力投球したボールを、これはわたしに向けて投げられたものじゃないと決めつけてキャッチしないのはやめよう、と。




わたしがフォーゲルさんのお顔とお名前を知る10日ほど前のカウントダウンコンサートで発表された彼のセンター曲『烏合之衆』を、その2年後のカウントダウンコンサートで、わたしはやっと生でみることができた。
それにまつわるあれこれはまた別の機会に書くとして、ここではとにかく涙が止まらなかったことだけ書いておきたい。目に焼きつけることに精一杯で、ペンライトなんて振れやしなかった。 想像よりずっとずっとうれしかった。

その2021-2022のカウコンで、一度できなくなってしまった『烏合之衆』のリリースを記念したイベントがあらためて開催されることが発表された。
会場でその告知映像を見るわたしの脳裏にあったのは、緑推しの先輩のみなさんのことだった。涙は出なかった。
他推しさんに年が明けたことより先に烏合之衆おめでとうと言ってもらったときも、初めて生でみられたという主旨の返答をしてしまった。

もともと、いつか『烏合之衆』のイベントが開催されるときがきたら、当時チケットをもっていた緑推しさんが当時の予定通りちゃんと参加できると良いな、と思っていた。
自分は本来の予定通り開催されていたらおそらくその場にいなかったのだから、と、自分のこととして捉えるつもりもあまりなかった。

会場で初めて知ったときに涙が出なかったから、わたしはこのことに関しては泣かないんだなぁと思った。
もともと考えていた通り、本来いなかったはずの存在のわたしはこのことに何も言うことはない、言えない、ただただフォーゲルさんと緑推しの先輩の方々おめでとう、とだけ思っていた。



年始、わたしはカウコンの配信アーカイブを自宅でひとりで視聴していた。
現地でも見た告知映像が始まった。
内容もわかっているしスキップしようかと思っていたその告知を結局きいて、わたしは気がついたら涙をぼろぼろこぼしていた。

映像に合わせて開催情報を読み上げる彼のよろこびいっぱいの声。
告知映像が終わり再び明るく照らされたステージで、やったーとかよっしゃーとか、そんな言葉が似合う表情で腕を何度も前に突き出している姿。

嬉しい。彼が嬉しそうで嬉しい。彼が祝福されていて嬉しい。やっと彼をちゃんとお祝いできる!



自分だけの空間でやっと、自分の気持ちを捉えることができた。
そしてひさしぶりに、「緑推し」から自分を外していたなあ、と気づいた。


そういえばカウコン後、メンバーによるお見送りがあった。
互いに言葉を発せない、目の前を通り過ぎる一瞬、フォーゲルさんはそれまで振っていた両手を胸の前で合わせてくれた。
わざわざ動作を変えてくれたのはきっと、わたしが「緑推し」だからだ。
そのとき彼が投げてくれたボールを、わたしは数日後にやっとキャッチすることができた。
彼の表現してくれたものを全部受け取りたいと表明するくらい貪欲なオタクのくせに、そうやって彼がわざわざ特に伝えようとしてくれたものを取りこぼすところだった。
だから今度こそ。


他の誰のものでもない、わたしの心で、「わたしの推し」を推そう。